宇宙の法則

原因と結果

原因結果

”因果律・原因結果”

一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか。

この世は原因結果。

今いる環境や状況、起こること・経験することなど…目の前の現実は『結果』であり、その結果が現れる『原因』は自分にある、というものです。


原因と結果は二つで一つ

あなたは日常的にどのような感情を抱いていることが多いでしょうか。

生きていると様々なことが起こるので、いつでもいい気分でいる、という方は少ないかもしれません。

どんなことが起ころうと、どんな状況下に置かれようと原因と結果はいつでもセット。『今』という結果を生み出した原因が必ずあるのです。

嬉しい時・幸せな時はもちろん、辛い時・苦しい時も、この原因結果の法則が働いています。

原因と結果は決して別々にすることはできません。


平等に働く法則

自然の摂理・法則

あなたはこの法則をどう思われるでしょうか。

嬉しい時や楽しい時、幸せな時は何も思わないかもしれません。

努力をしてそれが結果として現れた時、納得するかもしれません。

しかし、苦しい時はどうでしょう。悩み続けている時はどうでしょう。理不尽なこと、どうして自分がこんな目に…と悔し涙を流している時、その原因が自分にあると素直に思えるでしょうか。

人を傷つけても平気な人が恵まれた環境にいて、人を傷つけまいと親切にしている自分が悩み苦しむ。

そのような現実をどう受け止めるでしょう。

結論を言えば、いいこともそうでないことも全て自分に原因があります。そしてどこにいても何に対しても法則は平等に働いています。

命は永遠です。死んでしまえば終わり、というものではありません。永遠の命から見たら『今』の状況、人の人生はほんの一瞬に過ぎません。その一瞬の出来事で全てを判断してしまうのは安易と言えます。

それだけではなく、決して過ちを犯さない人などいません。どれだけいい状態を保とうとしても、どれだけ努力しても、人は必ず摂理に反したことをしてしまうものです。それを知らず、『自分は何も悪いことをしていないのに、なぜこれほどまでに苦しまなくてはならないのか』と今を否定してはいけません。

ただただ懸命に摂理に沿った生き方をしていく努力が大切なのです。


全てを受け入れる

法則を受け入れる

自然界を見てみましょう。

木や草が生い茂り、綺麗な花が咲いています。畑には様々な農作物が育っています。これらには必ず種があります。種のないところには花は咲かず、農作物も育ちません。

そしてカボチャの種からは必ずカボチャが実り、タンポポの種からは必ずタンポポが咲きます。『私が望んでいたのは人参だった。カボチャの種を蒔いた覚えはない』といくら嘆いてみても、実ったものがカボチャであれば必ずカボチャの種を蒔いているのです。

当然だと思うかもしれません。ですがそれが『自分に起こる都合の悪いこと』となると、途端に受け入れられなくなってしまうのです。

しかし摂理・法則は完璧に働いています。受け入れることができなくとも、それが真実であることには変わりありません。

自分にとって都合の悪いことを誰かや何かのせいにしてしまうのは、自然の摂理に対する無知からくるものです。

自然界への知識を深め、全てを受け入れていくことでカルマを解消し、魂を成長させていくことができるのです。